2010年09月07日

■東薬大ハルモニア管弦楽団の常任指揮者が亡くなった。

唐突だった。あまりにも、唐突だった。

うちの次女に携帯メールで、昨夜、そのニュースが届いた。

鈴木行一さん
  ↓
http://homepage2.nifty.com/choralcd/JSUZUKIYUKI.htm


●常任指揮者の略歴

鈴木 行一

昭和29年東京生まれ。

昭和47年東京都立両国高等学校卒業。

昭和50年東京芸術大学音楽学部作曲家入学。

昭和58年同大学院修了。  ←  この頃から、東京薬科大学ハルモニア管弦楽団の指揮を」始めた。


原博、宍戸睦朗、松村禎三、黛敏郎の各氏に師事。

第47回NHK・毎日音楽コンクール作曲管弦楽部門第1位。
ユネスコ国際現代作曲家会議(IMC・パリ)5位入賞。

またNHK「名曲アルバム」やテレビ朝日系列「題名のない音楽会」の管弦楽編曲担当の他、1991年世界陸上東京大会開会式、1992年バルセロナ・オリンピック閉会式においては管弦楽編曲を、1994年NHK全国音楽コンクールでは課題曲「家族」の作曲を担当するなど各方面で活躍している。

1997年にはシューベルト「冬の旅」全曲の管弦楽編曲をし(独唱:ヘルマン・プライ、指揮:岩城宏之、演奏:アンサンブル金沢)大好評を博した。


作品に「管弦楽のための『クリマ』」、「管弦楽のための『頌歌』」、「篳篥とオーケストラのための『森と星々の河』」、「『闇の光彩』吹奏楽のために」、ピアノ五重奏曲、混声合唱曲「美しいものについて」、混声合唱組曲「草野心平の詩による“海の響き”」などがある。
 
日本現代音楽協会会員、日本音楽著作権協会正会員。
 
くらしき作陽大学音楽学部教授。



僕が東京薬科大学の1年でハルモニア管弦楽団(オーケストラ)に入ったとき、クラブ員全員(4年生含めて)で30人程度だった。

「コンバス」1人、「トロンボーン」ゼロ、「ホルン」3人、「トランペット」僕を入れて2人。
「チェロ」3人、「フルート」2人、「オーボエ」1人、「ファゴット」2人、「バイオリン」5人、「ヴィオラ」ゼロ、「クラリネット」2人、「パーカッション」1人。

そのド素人のオーケストラを30年以上、指揮してくれた。
宴会芸として、代々、薬科大学に伝わっていた『たにし踊り』を夏合宿で披露したら、鈴木さんはえらく感動し、オーケストラ用に編曲してくれ、CD化もされた。



僕がオケに入部した時、たしか鈴木さんは芸大の作曲科の院生1年生だった。(指揮科ではなかった。)

僕たちは「鈴木さん」と呼んでいるが、うちの娘などは「鈴木先生」と呼んでいた。
作曲家の鈴木さんには、指揮科ではない、作曲家としての指揮者らしい、音楽の解釈をオケ練習中に求めてくる。

僕たち、理科系の単科大学のオケを素人集団と言って、妥協せず、そして厳しく、暖かく見守ってくれた鈴木さん。

失ったものは、計り知れない。
指揮者とオケとの間に培ってきた30年は、新しい指揮者を迎えいれたら、30年経たないと、もとに戻せない。

信頼し、信頼された音楽愛好家。

オケと指揮者の微妙な関係を改めて、考えた。
とても、重要だ。「ア、ウン」の呼吸もある。


鈴木さんのご冥福を祈り、まだまだ、これからのオケの行方を見守って欲しい。


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posted by ホーライ at 20:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽の話し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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