2011年03月13日

■新潟での地震から今回の地震まで。

僕が幼稚園の頃、新潟に大地震がきた。(昭和39年(1964年)6月16日)

地震が来たときは、ちょうど「お昼寝」の時間だったが、みんなの泣き声で目を覚ました。

窓から見える松の木がおお揺れして、山から「ゴー」という地鳴りが響いていた。

幼稚園は保母さんしかいなかったので、隣の小学校から教頭先生がかけつけてくれた。


その頃の僕らは「こんな地震なんて、鉄人28号がいればやっつけてくれる」という会話をしたことを覚えている。

幼稚園には父母が迎えにきてくれた。

その日は余震が続き、寝る前に非常持ち出し袋を枕元に置いて寝た。

あの時の地震がM7.5。


その後、年月が経ち、僕は新潟を離れたが、新潟には大地震がさらに2回きた。

2004年10月23日の新潟県中越地方(M6.8)

2007年7月16日の新潟県中越地方沖地震(M6.8)


日本は地震大国だ。

地震を予防することはできないが、被害を最小限にする対策はできるはず。

そういうところになら、税金を大いに使ってもいい。(むしろ、使ってほしい。)


今回の地震では、津波の恐ろしさをまざまざと感じた。

防波堤の補強(今回の津波は10m以上にも達したところがあった)。

避難路の確保。

住民へのアナウンス。

こうした日頃からの対策を国家レベルで、どんどんやっていってほしい。

ひとつの町が壊滅するぐらいのエネルギーを持った地震。

戦争に匹敵するほどだ。


被災者の方々に食料や毛布などの支援物質を早急に届けるために、日本中の全自衛隊員を派遣してもいいぐらいだ。


一刻も早く復旧されることを祈りたい。



posted by ホーライ at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 世の中について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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