2014年09月01日

成功への習慣●自己責任の原則

人間には自覚という能力があるからこそ、自分の経験だけではなく、他人の経験からも学ぶことができる。

また、この能力を発揮することにより習慣をつくり、習慣を変えることができる。

人間は自分の感情だけで構成されているものではない。

気分によってできているのでもない。

考えだけで成り立っているものでもない。



こういったものについて考えることができるということは、自分の本質はそれらのものから隔離されているということであり、そして人間とほかの動物とでは根本的な違いがあるということだ。

私たちはこの自覚によって、自分の持っている最も基礎的なパラダイムのひとつである自己パラダイムさえも客観的に見つめることができる。

それを変えることもできる。



この自己パラダイムは、私たちの行動や態度、他人に対する思いなどの全てに影響しており、自分の人格の基礎的な要素のひとつだ。

自分自身が自分のことをどう見ているか、そして他人をどう見ているか理解しなければ、他人が自分のことをどう見ているか、あるいは世界をどう見ているかを理解することはできない。

単に、それは無意識に自らのパラダイムを通して彼らの行動を解釈し、自分は客観的だと思い込んでいるにすぎない。



こうした思い込みは、私たちの可能性を大きく制限し、他人との深い人間関係を築く能力を低減させるものだ。

しかし、私たちはこの自覚という人間独自の能力を活かし、自らのパラダイムを見つめることができるし、そしてそれが、現実や原則に基づいているのか、あるいは環境や条件づけによってできた思い込みだけなのかを知ることができる。
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2014年08月28日

感情をコントロールできると、自信が湧いてくる

仕事が思うようにはかどらないときは、数人の部下(後輩)にお茶をいれてあげる上司がいます。

「ただの気分転換。どうせなら人に喜ばれることがいい。もっとも部下(後輩)に喜ばれているかどうわからないけれど」と言います。

実は、この気分転換はとても効果的です。

自分が不機嫌なときに、その不機嫌を他人にぶつけると情けない気持ちになります。

特に自分より弱い人間に八つ当たりしてしまうと、後味の悪さだけが残ります。

なんだか卑しい人間に思えてくるからです。

幸せな人には、そういった卑しさがありません。

うまくいかないことがあって、自分がちょっとイライラしてきたなと感じると、すぐにのんびりムードに戻ろうとします。



「ああ、ちょっとイライラしているな」と自分で感じるときには、いったん、仕事の手を休めて、誰かと楽しい時間を作ってみようとします。

それができれば、悪感情に囚われずに済んだ自分に自信が戻ってくるからです。

人に喜ばれることをすると、特にそんな気持ちになります。何故なら、気持ちに余裕が生まれるからです。



悪感情に流されず、自分で機嫌のよさを取り戻せるというのは、感情コントロールができていることですから、幸福感を見つけやすい人です。

私たちは自分の感情をコントロールできたなと思うと、大きな自信が生まれます。なんだか自分が一回り大きくなったように感じます。

ひとつだけ確認しておきましょう。

幸せな人だって、自分の感情を努力してコントロールしているということです。

それができるようになったから、みんなに愛されて幸せなのです。


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2014年08月17日

人格は習慣から成り立っている

私たちの人格は、繰り返される習慣の結果として育成されるものである。


思いの種を蒔き、行動を刈り取り、行動の種を蒔いて習慣を刈り取る。

習慣の種を蒔き、人格を刈り取り、人格の種を蒔いて人生を刈り取る。

つまり、思い⇒行動⇒習慣⇒人格⇒人生 なのだ。


習慣が私たちの生活に決定的な影響を及ぼしている。

習慣によって無意識のうちに生活のパターンが決まっている。

生活のパターンから人格が育成され、そして生活そのものが効果的あるいは非効果的なものになってしまう。


習慣は学ぶことも、変えることも、捨てることもできる。

しかし、それは応急処置だけでできるものではない。

きちんとしたプロセスと強い決意が必要なのだ。


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2014年08月04日

成功するための発想(2)●夢にしがみつく方法

成功する者は、しがみつくものとして夢しかないような場合でも、自分自身の値打ちを信じている。

それはなぜなのだろうか?

自分自身のほうが、他人によってアイデアが拒絶されるとか認められるとかいうことよりも強いからだ。



成功するということは、卒業ではなく、人生における「新しい出発」だ。

一つ一つの完成は新しい開始を意味する。

ウォルト・ディズニーは、新しいアイデアについてどう思うかと10人に尋ねてみて10人が10人とも口を揃えて駄目だと言えば、すぐにとりかかるつもだったと言われている。


あなた自身が最高傑作なのだ。


あなたも私も王様になれないが、生まれながらの権利として特別の存在なのだ。

世界中の子どもたちが、ただこの世に生まれていているからというだけで、ユニークで特別な存在だ。


私たちが貧困と病気を克服できたら、次にやることはなんだろうか?

それは社会における最も重要な「レッテル」は、私たちが自分につける呼び名であることを人々に教えることだ。

たとえ外見はどうあろうと、また、どのような仕事をしていようと、誰かが誰かよりも重要だという人はいない。

一人ひとりが皆同じように貴重な存在であり、価値があるのだ。

そのためにも夢を捨てないことだ。



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2014年08月02日

成功へのビジョン(10)●世界を変える、ということ

もし目にしたものが気に入らなければ、それを変えようと努力する。

変えられなければ、それを見つめる視点を変えてみる。

違った角度から見ることで、それを変えられるかもしれない。

あるいは、その中に自分が活用できる何か好ましいものが見つかるかもしれない。

というのも、その好ましいもの自体が内部からそれ自体を変えるかもしれないからだ。

もし、世界は自分の望むように動いてくれないことがわかったとき、もし、どんなに努力を重ねても思い通りにことを進められないとき、そのときは、自分の見方を変えるたほうがいい。

そのほうが、「生きやすい」。


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2014年07月30日

成功へのビジョン(9)●非合理的な情熱を燃やし尽す

誰かや何かに愛情を注ぐといった、自分の人生をかけるにふさわしいことを見つけると、そのとき我々は一体、何をするだろう?

その答えは、愚かなことをあまた、だろう。

とは言っても、その中で最も生産的な衝動のひとつに、ひたすら愛する人や物のことだけを考える、ということがある。

愛情を注ごうとする人たちは勝ち組になる。

なぜなら、それなりの理由があって積極的にそうしたリスクをとろうとするからだ。

彼らは望む経験を積ませてくれるような環境に対して楽観的であり、同時にそれに対して感謝の念を抱いていることを隠そうとしない。



この世界にとって正しいことを賛美するのは、このうえなくダサくてカッコ悪い行為なのだ。

成功する人は後ろ向きのことにしがみつくよりも、ある状況から得られる恩恵を理解しようとする。

彼らは楽観的で、悲観的で、そしてとにもかくにも熱狂的なのだ。


成功する人の意気込みは実に大きい、無限大ではないけれど、その意気込みは自分がつくりたいものに集中している。

もし我々が楽観主義と悲観主義を秤にかければ、その針が彼らにとって建設的な方向に振れるのは明らかだろう。

楽観主義者は自分の成功を、自分のおかげだと解釈する傾向がある。

というのも、彼らは思いがけない幸運という特別な要因も含む、才能や努力という観点から成功を説明しようとするからだ。


悲観主義者はどんなチャンスにも、そこに内在している難題を見つけるものだ。


ここで強調したいのは、自分が大好きな道をその結果の良し悪しにかかわらず選択すべき、ということだ。

なぜなら、この選択をするときにだけ、持てる力を最大限に活かす前向きの頑固さを持って、その思い切った取り組みの過程で飛んでくる矢玉や鉄砲から生き延びられるからだ。


自分のしていることに愛情を注がなければならない。

そうしなければ、誰か他の人が現れて、それに取り組む姿を目の当たりにする羽目になる。

愛情を注ぐ、そのために必要な合理的かつ非合理的な情熱を燃やし尽す、これこそが後世に残る偉業を成し遂げるためのわずかなチャンスをものにする、ただひとつの道なのだ。

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2014年07月29日

成功へのビジョン(8)●人生をかけるにふさわしい夢

ベンチャー企業は10社のうち9社が長続きしない。

何十年も創業しようという企業に投資をしてきたベンチャーキャピタリストのアン・ウィンブラッドはこう述べている。


創業者がそのビジネスプランについてもっともらしい説明をしても、その中身が創業者自身の独自性あるいは深い関心のあることと何のつながりも認められないとき、「我々はそうした投資には手を出さない。これから創業という企業が成功するためには、どんな企業でも、文字通り彼らの心、魂、そして頭脳の全てをそのベンチャー事業に注ぎ込む必要がある。」



自分を突き動かしているものを認識するための手順を省くと、そのときは、いつまでも続く成功をおさめるための礎となるはずの何かを自分のものにできない、という大きなリスクを冒していることになる。


ある成功者が言うには「起業家は、事業に対する何らかの感覚を持っていなければならない。音痴の人の場合、それは音楽を認識できないということであり、音楽の世界で育たなければ、音楽を認識できないということになる。」




あまりにもよく目にするのは、自分自身の個人的意義との血の通ったつながりがないまま、壮大な計画を立ち上げる人たちだ。

自分の人生にとって大切な個人的な好奇心や情熱といったものとの繋がりを明確に理解していなければ、ベンチャー事業にとっては、結局、失敗に終わってしまうというリスクが、目に見えて大きくなる。

「意欲を燃やして向かう目標、それは何らかの成果をあげることだ。どんな成果があなたの人生にふさわしいのだろうか」と言う人もいる。

この言葉はおおげさに聞こえるかもしれない。

おそらくそうだろう。

とは言っても、私たちの残された人生の中で、これ以上、どれだけの時間を無駄にしようと考えているのだろうか?

経営している対象が家庭であろうと、企業、あるいは国であっても、成功する人は、自分の生きがいに打ち込むことこそが人生をかけるにふさわしい夢だ、という結論にたどりついているのだ。


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2014年07月28日

成功へのビジョン(7)●フロー体験で没頭する

自分がしていることに、それが何であれ、どっぷりと浸かりきり、時と場所を完全に忘れ去っているとき、フロー体験している。

運動選手が「無心で全力が出せる」ということを口にする。

これも一種のフロー体験だ。




偉業を成し遂げるには、与えられた仕事で最大の力が発揮できる能力を身につけなければならない。

そして、自分の価値観と情熱を周りの人たちに強く訴えかけなければならない。



成功した人は、エレガントさを演出するビジネスに携わっている何人かの例外はあるにしても、流行に無頓着な人物のようだ。

大好きなことをしているとき、いつのまにか社会的なたしなみを忘れてしまっていれば、おそらくそれが人生の天職だという証拠になる。

少なくとも、情熱を傾けられるものを見つけたことになる。

情熱というのは、本来一方的なもので、その持ち主特有の情熱に関心が無い人たちにとっては、何の魅力も感じられず癪に障る対象になることもある。

もし、あなたがロック音楽のスターなら、世界的に有名な化学者の人生に魅力を感じないだろう。




ポイントはこうだ。

あまりにのめり込んで社会的な感覚が鈍くなってしまう危険を冒しながらも、ひとつのことに無我夢中で取り組んでいるオタクのように、ごく自然に大好きなことに没頭している、そんなときこそ、自分が正しい方向に向いているのがわかるということだ。

それは疲れはてて他に何もできないときでさえ、自分をその気にさせてくれる。

そうなると、他のことには一切関心がなくなり、挙句の果てに、それが何であれ、座視できない人たちの間では社会的に不適切な存在にまでなってしまう。




大好きなことを見出し、それに取り組むことによって、まるで違った仕事の経験ができる。

実際のところ、それはまったく仕事のようには感じられないかもしれない。

成功した人は一般的に、自分の仕事のことを(とびきり面白い)というように表現する。

つまりこれは義務感だけで与えられ仕事をしているときに得られる経験とは、180度違った経験なのだ。

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成功へのビジョン(6)●奉仕こそ最大の喜び

自分の人生に何かが欠けていると感じる。

言い換えれば、絶えず意義というものを探し求めている。

そして、やっとひとつの単純な答えにたどりつく、というのはよくあることだ。

その間不安な気持ちが、果てしない高貴な探究を続ける間、ずっとつきまとうこともある。

これは誰かの役に立とうと努力するまで続く。

世界のすみずみにいる成功者は、この永遠の繰り返すテーマをよく認識している。



「他の人への奉仕と、自分自身の使命や仕事に対する情熱と融合させれば、そこに強力な相乗効果が生まれる。」

私たちは、自分の強い意欲に突き動かされて今、与えられた仕事をしている。

その強い意欲に応えようとするとき、それは決して仕事などではない。

奉仕をしようという意欲にかき立てられ、その意欲に応えるとき、それは喜びであり、充足感だ。


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1ミリずつでいいので、一日一日の成長に気づいてください.

仕事でも勉強でも、できることをきちんと積み重ねる毎日というのは、自分が成長していることを実感させてくれます。

思うように進まない日や、足踏みする日があっても、気にすることはありません。



自分の成長が実感できたとき、私たちは自信を持ちます。


「これでいいんだ」とか「自分はこのまま進めばいいんだ」と思える日々は、私たちの迷いを吹き飛ばしてくれるからです。

この「迷いを吹き飛ばしてくれる」ことが、成長の一番の魅力です。

日常の中の小さな分岐点で、自信を持って自分の思う方向に進むことができるからです。




今までの自分を振り返ってみましょう。迷いがあったのはどういう時だったのでしょか?

たぶん、自信を無くしていたときです。

その自信の無さがどこから来たかと言えば、やるべきことから逃げたり、悪いことばかり気を取られていたり、いずれにしろ、できることをきちんと積み重ねる日々から遠ざかっていたからです。

あまりに単純な結論のようですが、私たちはやっぱり、一生懸命でなかった時には自分に自信が持てません。



それが判断を迷わせたり、行動をためらわしたりしました。

小さな分岐点で迷ったばかりに大切なものを失ったり、大きな後悔を残す結果となります。

成長している自分に気がつけば、全てが変わってきます。

今まで迷っていたことでも、自信を持って行動できるようになります。



そのことで嬉しくなって幸福感が湧いてきます。

全て、いい方向に向かい出すのです。

ですから、たとえ1ミリずつでもいいので、一日一日の成長に気づいてください。

できることをきちんとやり遂げる「毎日の幸福感」に気がついてください。

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