2010年09月14日

■自分を現す3つの形

■自分を現す3つの形

自己表現とは自分の力を表すことでもある。

その方法を大きく分けると次の3つになる。


(1)贈る

(2)あざける

(3)破壊する


相手に愛やいつくしみを贈るのも、自分の力の表現だ。

相手をけなし、いじめ、だめにしてしまうのも、自分の力の表現だ。

あなたはどの方法を取っているのか。

胸に手をあてて、じっくり考えてみよう。


僕はうえの3つを全て体験している。(受け身として。)

贈られたり、あざけられたり、破壊されたり、ね。

(ここ数年は後者2つが圧倒的に多い。)


僕は面倒くさいので(1)贈ることだけにしている。

できたら、ネットで恋人を見つけたいとも思っている。(ルーシーさんの突込みが・・・・・・楽しみ)

ネット恋愛は可能か? なんていうのは、ネットの楽しさの8割を知らないってことだよね。(ちがうか。)


言葉だけでさ。いいのさ。



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2010年09月13日

■胸をはれ

■胸をはれ

柔道無差別級男子の決勝線の試合後、監督の篠原が大声で選手の上川大樹に指示を出していた。

「胸をはれ!」

この言葉のおかげで、旗判定で2対1で、なんと金メダルを取ってくれた。

胸をはれ!!

はい!



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2010年09月12日

「無理だ」という言葉はこのおやじを見てからにしてくれ

ブログを書きながら、テレビをチラ見していたら、すごい父親の話をテレビでやり始めた。

日テレの『そこまでやるかマン』という番組の再放送だった。
   ↓
http://www.ntv.co.jp/yusha/


そこで「世界最強の父親」のことをやっていた。

生まれつき全身麻痺の息子。

医師からは「あなたの息子さんは、一生植物人間として暮らす事になります。」と言い離れていた。


それなのに「どんなときでも絶対に諦めない」という思いを伝えるために、とても過酷なトライアスロンを息子と一緒に挑戦するというものだ。

体重約60キロはある息子をのせたボートを引っ張り3.9キロ泳ぎ、自転車は自分で作った特別の自転車に息子を乗せて、こぐ!

しかもその距離は180.2キロ。

最後は車イスを押してフルマラソンを走る・・・・・・・。


そもそもは、はじめは、息子が「マラソンを走りたい」と言ったことから、父と息子のチャレンジは、始まった。
全身麻痺で、車イスをこげない息子の願い…どうしたら叶えられるか?

父の出した答えは、「車イスを押しながら走る」(!)
当時42歳の運動不足だった父。

ムリムリ、と当たり前だが、周囲はあざ笑う。

しかし、周囲に無謀だと笑われながらも完走!


マラソンの途中、絶対動かないはずの息子の手が動き、無表情だった顔も表情豊かになり、とびきりの笑顔を見せた(医学的にはありえないことだった。)

「どんなときでも絶対に諦めない」その父の思いが伝わったのだろう。


その日、息子が父に贈った言葉。

「走ってるとき、初めて自分が障害者だということを忘れた。自由な鳥になったみたいだった」


それから5年後ホノルルマラソン、完走。もちろん、42.195Kmだ。全身麻痺の息子が乗っている車いすを押しながら!!

彼らのベストタイムは1992年に出した2時間40分。 その時の父ディックの年齢は42歳。

その時代の世界記録のたった35分遅れだった…。
(念のために言っておくが、この世界記録保持者は、あたりまえだが車椅子の男性を押しながら走っていたわけではない。)


その後、彼等は1982年から 2005年までボストンマラソン大会 24年連続完走記録を出し、自転車で 6,000Km アメリカ大陸を横切った。 

鉄人 3種競技は 6回完走をした。

二人で、もっとも過酷とされるハワイのアイロンマンレースを含むトライアスロンに234回も出場している。


今現在の年齢はディック69歳、リック47歳。

今でも、なんと毎週大会に参加しているらしいです。

しかもリックはボストン大学に通い、卒業。

今は障害者向けの乗り物やコンピューターの開発に関わっております。



あのね、「そんなのムリムリ」て言う言葉は、このディック69歳、リック47歳の親子には通じないですからね。


あなたも「絶対、無理だ」という前に、ディックとリックの物語(全て実話だが)を読んでからにして欲しい。

「ムリだ」、なんていう言葉はこの二人の映像を見てからにしたほうがいいよ。

恥ずかしくなるから……。


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2010年09月10日

■弔辞には何を言ってほしい?

鈴木行一さんの告別式では弔辞を僕の3年先輩のチェロのTさんが読んだらしい。
Tさんと鈴木行一さんは家も近く(チャキチャキの下町だ)、とても仲がよかった。

このTさんには、僕も個人的にお世話になっており、ご自宅に泊めてもらったり、Tさんの“無敵”の「マツダ サバンナ」を運転させてもらった。

二人で実践女子大学の校門の前で、僕たちのオーケストラの定演のチケット(500円)を売ったりした。
駅から歩いてくる女子大生に声をかけて、チケットを売るという、まことにもって、怪しげな売人である。
その時に、偶然、新潟の高校の同級生で一緒に書道部に入っていたいKさん(もちろん女性)にばったり会って、「あいかわらず、変なことやっているのね」というありがたいお言葉を頂いた。

このTさんたちの学年の先輩たちと鈴木さんが、今の東京薬科大学ハルモニア管弦楽団の礎を(そして宴会芸を)築いてくれたのだ。

鈴木さんの次の指揮者になったとしても、ハルモニアと鈴木さんとの間で35年以上に渡って作った音楽に対するDNAが脈々と流れていくことだろう。



●赤塚不二夫に対するタモリの弔辞

ところで、弔辞と言えば、赤塚不二夫の告別式でタモリが読んだ弔辞は21世紀で一番の弔辞だ。
僕はこの弔辞を聞いて、感動すら覚えた。
そして、最後にタモリが言ったあの名セリフを聞いたとき、思わず涙ぐんだ。
     ↓
http://www.youtube.com/watch?v=EEbcF__-jSo
(7分45秒後の名セリフを聞いてみて)

この弔辞では、実はタモリは白紙で望んでいた。

このメッセージはタモリならではのメッセージであり、相手が赤塚不二夫という天才だからこそ成り立つメッセージだ。

タモリを『発見した』のは、ジャズピアニストの山下洋輔トリオである。
この時のトリオにサックス奏者の中村誠一とい、ジャズ界きっての宴会芸の達人がいたのだが、この中村誠一と対等に、いやそれ以上に面白いことをやった森田というトーシローが九州・博多にいることを発見した。

その後、上京したタモリのお世話をしたのが赤塚不二夫だ。

このあたりの状況を山下洋輔がドラバタエッセイ『ピアニストを笑え』に書いている。
    ↓
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101233012/horaihonoyomu-22 



●あなたな弔辞にどう言って欲しい?

さて、あなたは、自分の告別式に読んでもらえる弔辞に、どんなことを言って欲しい?
あるいは、日本のお墓には無いが、墓銘碑があるとして、そこにどんな人間だったと書いてほしい?

「ほにゃららな男(女)、ここに眠る」

僕なら「無節操な男、ここに眠る」とか「熱しやすく冷めやすい男、人生だけは飽きなかった男、ここに眠る」とか、だ。
弔辞には、是非、「ホーライ製薬」のこと、「医薬品ができるまで」のこと、この2つだけは言って欲しい。

これからの人生でも、どんなことを自分の葬儀で言って欲しいかを考えなら過ごしてみよう。

明日は人生最後の始まりだ。



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2010年09月06日

■1日の終わりに反省しない

仕事を終えて、じっくると反省する。
1日が終わって、その1日を振り返って反省する。
すると、自分や他人のアラが目について、ついには凹む。

なぜかというと、冷静に反省したりしたからなどでは決してない。
単に疲れているからだ。
疲れきった時に反省など、まさに凹む。

活発に活動しているとき、何かに夢中になって打ち込んでいるとき、楽しんでいるとき、反省したり、振り返って考えたりしない。

疲れているなら、はっきりと自分を休ませる。


自己嫌悪に陥ったとき、何かも面倒でいやになったりするとき、何をしてもくたびれて仕方ないとき、元気を取り戻すためには何をすべきだろう?

食事をして、休んでから、たっぷりと眠るのが一番だ。

目覚めたとき、新しい力が漲る別の自分になっているだろう。

こうして、明日は明日の風が吹くように準備しよう。

同じ通勤電車、同じ会社、同じフロアーに戻ったとしても、心は打って変わって、晴れやかになっていたい。


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2010年09月05日

■曽野綾子という見識

『太郎物語』で、僕の人生を変えてくれた作家の曽野綾子さんが、好きだ。
彼女の小説やエッセイも好きなのだが、彼女の見識が大好きだ。

●太郎物語
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101146101/horaihonoyomu-22

その発言や行動までもが、僕に彼女の小説以上に影響を与えた。

昔、曽野綾子の旦那で三浦朱門さんが文化庁長官に推薦された時に、奥さんの曽野綾子さんに相談したら、こう言ったそうだ。
「もし、文化庁長官になったら、自分が自由に発言できないと思うなら、成らないほうがいい。自分が言いたいを言えればいいけれど、それを我慢するようならやめたほうがいい。」


確かに、人間は立場が違うと言いたいことも言えなくて、言わざるを得ないことを言う必要性に迫られることがある。
そんな不自由はやめたほうがいい。

また、彼女の政治家に対する考え方で、こんなことを言っていた。
「政治家に求めるのは、清廉潔白さではなく、国民を幸せにする政治力だ。」
なるほどね、と思う。

旦那が文化庁長官をやっていたころ、曽野綾子は自民党に呼ばれて講演会をしている。
その時の第一声が好きだ。
「最近の、自民党は国民をなめています。」



また、僕たちの世代には『人類はみな、兄弟。一日、一善!』で知られる笹川良一が理事長を務めていた「日本船舶振興会」に曽野綾子は理事長になっていた頃もある。

この協会は、要は「競艇」の収益金を管理する協会だ。通称・日本財団とも呼ばれている。( http://www.nippon-foundation.or.jp/ )

「ギャンブル」で得た収益をどう活かすか? というのは、僕にも興味深かった。
彼女が日頃から言っている「どうやって稼いだお金なのか?も大切だが、そのお金をどう社会に還元するのか?のほうが重要だ」という考え方を反映している。

曽野綾子は精神的な立ち姿を大事にしていると思う。

顔を上げ、胸をはれ。



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2010年08月31日

■君と好き放題、やり放題

自分を大切にする。

自分はたいしたことがない人間だなんて、間違っても思ってはいけない。
まず、自尊心を大事にしよ。
まだ何もしていない自分を、まだ実績のない自分を、唯一無二の人間として尊敬するのだ。


誰だって、他人から自分がどう思われているか、気になるところだけど、そんなこと、全然気にしなくていい。
「よく思われたい」とか「少しは立派だと思われたいとか」思い始めると、自分を失いかねない。
あくまでも、中心は自分が気持ちいいか、どうか、だ。

自分を愛する人生は、「機嫌がいい」人生になる。
そして、自分を愛するために、まず、自分の中にある「成長願望」を認めることだ。

画期的な新薬を開発するモニターになりたい、患者のためになるCRCでありたい、世界同時開発のプロジェクトをプロジェクトマネジャーとして腕をふるってみたい、やってみたい。
それをまず認める。
そうすると、自分が何者になりたいのかが明確になり、何をすべきかが分かってくる。

そこを目指して、一直線にすすむのだ。(きっと紆余曲折は避けられないだろうけれど。)

好きなことをし放題やる。

それでこそ、、君が生きている人生なのだ。


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2010年08月28日

■モニターだけが仕事じゃないぞ

今年の新人が入ってきて、5か月になる。
なかには、自分の希望とは違う職種に割り当てられた人もいるだろう。
そのことで、落ち込んでいる人もいるだろう。

でも、この業界はいろいろと職種があり、それぞれが大切な責任を持てる仕事だぞ。

僕だって、大学卒業→「医薬品製造管理者(GMPの世界)」→「分析、品質管理者」→「洋らんの組織培養者」→「組み換えタンパク質の製造プラントの立ち上げ」→「モニター」→「臨床監査」→「SOP作成担当者」→「教育担当者」と、まるで、フリーターだ。

途中で、挫けることもあったし、落ち込んだこともある。
でも、興奮したこともあるし、狂喜乱舞したこともある。
今となれば、みんないい思い出だ。(まだ続くけどね。)


今年の新人なら、あと30年は仕事することになる。
途中で結婚して辞める人もいるだろうけれど、とにかく、世の中いろいろあるのだ。
理不尽なことも少なくない。

だけど、その途中、途中は、川くだりを楽しむように世間を眺めていけばいい。
今やっている仕事を活かして、別の職種につくことだって、十分、考えられるし、考えていいぞ。
転職だっていとわないでいい。

川下りの最中に、気になることがあれば、途中下船して、散歩すればいい。
野宿してもいい。

僕たちは、いつだって夢の途中なのさ。



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2010年08月22日

■北島康介らの魂

北島康介が国際大会(パンパシフィック選手権)で優勝したニュースをテレビで見た。

まだ、頑張るんだ!?と思った。

北島康介だけでなく、オリンピックに1回優勝したけれど、まだ出場する、というアスリートも多い。

自分の種目が大好きなんだろうね。
それに、実はオリンピックに優勝することが、彼ら・彼女らの目標ではないんだということだよね。
いや、目標は目標なんだけれど、それだけではないはずだ。
何故なら、もし、オリンピックで金メダルを取ることだけが目標だとするなら、1回優勝すれば、次には出ない。

「チャレンジすること」自体が、目標なんだろう。

北島の魂は熱い。

ひとのことは言えないけれど(とか言ったりして)。



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2010年08月21日

■ネット生活を10年も続けると・・・・・・。

『医薬品ができるまで』を立ち上げたのが僕のネットライフの始まりだった。

今から10年前の2000年06月17日 15時33分23秒だ。
最初は、自分の意見が世界中に発信されるということに興奮した。
そして、怖くもあった。

Infoseekのサイトの中にフリーの掲示板があり、そこに「ワシさん」が「ゲノムの掲示板」を立ち上げていて、そこに自分の意見や情報を書き込むことにすごく勇気が必要だった。

ホームページを持ったことがある人なら、誰でも分かると思うけれど、「アクセス数」がけっこう気になる。
「どれだけの人が訪れてくれるだろうか?」とか、「どうやったらアクセス数を増やせるだろうか?」とね。

僕が『医薬品ができるまで』とうい治験関連のサイトを立ち上げた時は、「治験を広く、世の中の人に知ってもらいたい」という思いからだった。(今でも、そういう意識は少しある。)
最初は一般市民の皆さんを対象にしていた。
その後、自己啓発も含めて、治験関連者の方たちへのメッセージを入れ始めた。

この頃、ある特定の分野に特化したサイトのほうが「ヤフーに登録される」というネット上の情報を得て、「モニターへの道」を立ち上げた。
  ↓
http://www.geocities.jp/monitor_cra/

ここでは、「優秀なモニターになる方法」を書いた。


その後、気ままに「製薬会社の日常を書いたら、これからの若人のためになるかも」という思いで「ホーライ製薬」を立ち上げた。
実は、その前に「モニターの一日」という簡単なページを書いたら、意外と学生に好評だったという背景がある。

「モニターの一日」
  ↓
http://horai01-web.hp.infoseek.co.jp/monitor/monitor_1.html

参加型のサイトは、アクセス数も増えるんだ、と気づく。
また、この頃、アクセス解析が楽しかった。
どんな人が、どこから僕のサイトにやってきたのか、どんな言葉で検索してやってきたのか、など等。

そんなこんなで、ネットライフを始めて10年経って、今はどういう心境か、というと、「アクセス数は全く気にならない」だ。
気負わなくなった。

これからは、僕自身の記録だ、僕が生きていた証にブログを書く、だ(そんなタイソウなことを書いてないけれど)。
見られている「ひとりごと」だ。

(ただ、ネットでいたずらするのも好きなんだけれどね。「インターネットの世界の面積を求める」を「はてな日記」のキーワードに登録したりね。)


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